また一年 もう二度とない一年

走馬灯だ。
私の一年の感じ方ってのは多分、同年代の方とは違うはず。
なぜなら、普通の人とは生きて動くタイムテーブルが圧倒的に違うから。
どちらかと言うと、定年退職された方と同じような感覚なのだろうと思う。
そもそも一か月の月日の感覚って、皆様思い返すと結構長く感じるものだと思うのですよ。早い早いと言いながらも。

私の場合は、それは小学生の夏休みのようなものなのです。
一週間ほど仕事したあと、一か月近く休がる月がある。(つうか割とそう)
この割りとある休みってのは厄介でですね、たまに休むからこそ休みは有意義になるんです。
休みは特に休みではなく日常という名に変わる。
変化はない。
たまに遊びにも行くけど、全く外に出ないで終わる日もある。
お家大好き人間にとっては、一日の時間はとても速い。(なぜなら何もしないから。それが至福)

思い出してみてください。
小学生の頃、一学期間がえらく長く感じませんでしたか。三か月も休みまであると考えるとげっそりしませんでしたか。
そして、夏休みが始まった瞬間は一か月もの長い休みに胸をときめかせていたものの、とくに何をするわけでもなく、いや、何もしないからこそ時間はあっという間に過ぎてしまい、学校に通っている時に比べたら一か月の月日のなんと早いことか。(そりゃそれなりに色んなことはしていたけれど、人に会う数は学校に行っている時より圧倒的に少ない)
毎年時間に油断して、夏休みの最終日にどうにもならない宿題の残りの山を睨みつけていたのは、私だけではなかったはず。
長い一日。
のんべんだらりと過ごす日は、脳味噌の記憶があいまい。
だから、思い返すと長い一日で括れてしまう。

幼い子供が一日を長く感じる現象は、それだけ一日に感じることが多いからだと言われている。毎日毎日、発見することばかりで、感動や印象に残ることがたくさんある。
感情を揺り動かされる。
動かされるままにぶちまける。
うれしけりゃ笑い、起これば癇癪を起し、怖ければ容赦なくどん底まで落ち込む。
その起伏が心の琴線に月日を刻む。


つまりは現在。ああ……人に会う数が圧倒的に少ないなぁ…と。


私の一年の月日の流れは12回。
それは大阪の仕事が毎月始まる時が、新学期が始まる瞬間であり、長い一日が明ける時なのである。
この際姫路の仕事は関係ない。精神的にとてもしんどいのは大阪の仕事なので。大阪の仕事が来ることが、唯一の時間の区切りだ。

で、それが12回。

仕事が終わると、だらっと力が抜けて、気がつけば次の大阪の仕事が来ている。
あれ?まだ時間あったはずなのに、なんで? 一か月なんて一週間くらいにしか感じない。

なんとかかんとか毎回一週間の修羅場をこなして、12回耐えると年末である。

言い換えると、一か月が一週間で終わっているようなものなのだろう。
それってどうなのよ?

だらっと過ごすオフってのは、本当に体力的にダメージが出てくたばっていることが多い。そういうこともあって、余計に時間は早く過ぎる。
いや、思い返しても、心に残る鮮明な記憶ってのが少ないんだろうな。

さ、さみしい人生だ……遠い眼

いいんだ。今日は寄り集まって酒盛りするし!
これこそまさに年忘れだし!


そんなこんなで、今年一年お世話になった方々、どうもありがとうございました。
また来年も懲りずによろしくしてやってくださいませ。
寒くなってくると、とたんに体調崩してばかりですが、遠慮なく誘ってください。遊びはやめたくありません。
では。
よいお年を。
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by nanamako | 2007-12-31 17:11 | 日々を重ねる