危機感察知能力はいずこ

無意識に手が伸びる。
なぜだろう、前にいる女の子のランドセルを鷲掴みにして、手前に引っ張る。
傾ぐ幼いからだ。
支えるものがない体はそのまま地面に倒れた。
その途端に、響き渡る泣き声。
風が、前を横切ってゆく。目の前の横断歩道を車が通ったのだと、認識した。

自分の手が茫然と残される。
何をしたんだろう、今。

我にかえって「ごめん!」と叫ぶ私。目の前に転んで泣いている友達に、猛烈に申し訳なさがこみあげてくる。けれど、自分の取った行動がよくわからない。
オロオロとひたすら謝る。

「何いってんの! 今のはあんたが助けなければ、Aちゃん、車にひかれてたんだから謝るな!」

前方はなれた場所から駆け戻ってきた、登校班長が怒鳴る。
助けた?
思い返してみる。
確かに、私がAちゃんをひっぱって転ばさなかったら、あの勢いで突き抜けるように走り去った車に跳ねられていただろう。
だけど、私には助けたつもりはないんだ。
もちろん、いやがらせをしてやろうという気持ちもなかった。
だから、どうして手が伸びたのか分からなかった。

車が来ていたことを察知していたわけじゃない。当然ながら、危険を感じて手を伸ばしたわけじゃない。なのに、気がついたらAちゃんのランドセルを強く引っ張っていた。
無意識で。
だから、泣かせてしまったことに強い罪悪感を感じて謝った。
班長はそれがAちゃんを助けるためだったと言う。
助けるつもりなかったのに?
車の存在も分からなかったのに?

小学五年生くらいの時の朝の通学の思い出だ。
時々、今でも思い出しては不思議になる。
あの時確かに無意識だったのに、どうして手が伸びたのだろう、と。結果、目の前を車が通りすぎた。Aちゃんは助かった。
でも、たまたまだったのでは?
あのとき車が通り過ぎなくても私はAちゃんを転ばしていたかもしれない。
そう、思う。
だったらただの嫌がらせだ。

けれど私が無意識にそういういやがらせをする理由も思いつかない。
もしかしたら無意識に危険を察知していたのかな。
なんか察知能力なんてものがあったのかな。

だとしたら、どうして今はそういう察知能力ってないんだろう?

かつてはもしかしたら鋭い感性?を持っていたのかもしれない自分。
そういえば、団地の四階から上が妙に怖かった。
取り壊しが決まった施設、ゆうかり園の中に入ったとき、電灯のともらない薄暗い廊下になぜか霧のようなものが漂っているように見えた。
後で母に「そういう場所には近づいてはいけない」とこっぴどく怒られたことがある。

今ではすっかりそんなこともなくなり、鋭さのかけらもなくなってしまった。
怠惰な生活のせいか。
幼さゆえの特別な能力だったのか。
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by nanamako | 2007-12-29 00:59 | 日々を重ねる