ぬくもりの家

肩の上に懐中電灯を掲げ上げ、目線に光が届くようにする。薄らぼんやりとした黄色い光が頼りない。暗闇での懐中電灯の光は思っている以上に心もとないものだ。
足元にある雑多につまれた本や、古びた家具を乗り越えるのに神経を使う。
以前自分で使っていたはずの部屋も、居心地の良さなどかけらも残っていない。
擦り切れて黄色くなった畳の上に、土足のまま上がりこむのに一瞬だけためらいを感じた。

以前住んでいた家に行って来た。

今はもう誰も住んでいない廃屋になっている。
家と呼べるのは、人が住んでいて初めていえるのだと実感する。

どこの家に入っても感じる、あの独特の「家庭」の香りはなく、少し饐えたような臭いが鼻を突く。
空気の入れ替えをしてなかったため、恐らくあちこちに繁殖しているであろうかびの臭い。

小さな足音が静寂を破る。軽快なリズムが屋根の端から端まで流れるように動いていくのを目で追った。ここに入る前に鬼瓦の上で私を見下ろしていた三毛猫が、家路を急いでいるのかもしれない。屋根瓦を通して聞こえてくる生き物の気配。それがかえって静けさを強調して、なんだか落ち着かない。

置いたままにしてあった荷物を取りに来るには、ちょっとばかり遅い時間だったのかもしれない、と後悔する。
慣れたはずの空間が気持ち悪く感じる気まずさは、なんとも形容しがたい。
ここに住んでいた頃の記憶はまだ新しいのに、積み重なった埃の多さに月日の流れを感じさせられる。考えてみればもうそろそろ五年になろうとしているのだった。



人のぬくもりが奪われてしまった場所。
そこは見ていてとても悲しい。


早く帰ろう。
ここはもう自分の居場所ではない。
早く。暖かい場所に。

ただいま、を言えるあの場所に。
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by nanamako | 2006-11-01 04:06 | 日々を重ねる