三年前を思い出してみる

最近は、ネットで日記を書かずにアナログな手段で、ノートにたまに書いていたので、こちらにはほとんど書くことがなかった。

ここを見ている人なんていないよなぁ…と思いつつも。まあ、自分のために。


思い返せば、あの東北の震災の年に、大阪のアシスタントを辞めたんだよな、と、冬が来るころに思い出す。
そう。
まさに3月13日くらいに辞めたのである。

そもそも、その年の私は体調がとても悪く(今もだけど)、大阪の仕事をよく休んでしまったのである。
突然に休むことは、そりゃあ締め切り抱えた漫画家にとっては死活問題。
きっと大わらわだったと思いますが。

どうにもならないのが、体調というものでして。

もともと、これこれこういう体調なので無理ができないと再三、先生に伝えていたものの、あまり意思の疎通がなされていなかったようで。
本当に私が体調が悪いということが理解できていなかったと、後から先生に言われた。

とにかく、その時は「そんなのいきなり言われても困るから出てこい」的なファックスが届き、
そりゃそうだ、と私もふらつく体をおして大阪まで向かったものです。

しかし、仕事入りしたからといって体調が回復するわけもなく、何度も中断して休ませてもらったりして。
相当に顔色も悪かったと思う。
そんな様子を見て
「そこまで悪いと思わなかった…」
と、先生はおっしゃった。

何度も、仕事している時以外はほとんど寝たきり状態の日常生活だと伝えていたのですが。
やはり大げさに言っているものだと思っていたらしい。
言葉では伝わらないものだと、その時本当に思った。

そして、私は、先生からのお叱りファックスを受けた時に心に決めて仕事入りしていたのである。
「今回で仕事を辞めよう」と。

突然辞めることは、不義理でもあり、丸投げして辞めるのは大変迷惑のかかることは承知の上。
それ以上に、来月の仕事すらまた同じように体調不良で仕事を休むことになったら、結局迷惑がかかる。
さらに、最近では仕事日数が短縮されて、とてもきつい日程での仕事だったこと。
対人関係などの精神的苦痛(おもに、仕事を良く休むことなどから)

どうあっても続けられないことを、涙ながらに申し訳なさとともに伝えたら、先生も泣きながら
「十年以上も耐えてくれてありがとう」と言ってくれた。

そんなことがあり、私はメインのアシスタント先である大阪の仕事を辞めることになった。
それがほぼ三年前になるのね・・・・。

もう?

時間のたつ速度にびっくりする。
体調の復帰はまだ全然。

今は、もう一つの仕事先である姫路のアシスタントに通っている。
こちらは、長いスパンでの仕事なので、日程に融通がきいて、しかも調子が悪いなら休み休み仕事をさせてもらえるので、何とか続けていられる大変ありがたい職場です。
「ダラダラしててもいいからいてくれない?」
というのが、姫路の漫画家さんの心理だそうで(笑)
こんな私でも役に立てていると思えるのは、嬉しいものだ。


たまに、ゼロナイのオタク様に、「今どう活躍してるの? 載っている雑誌があったら教えて」と聞かれることがある。

……その質問には、今までスルーしてきてしまった(汗)
すんません。

活躍などどこにもしておりませぬ。


いろーーーーんな意味で、無理だと断念せざるをえませんでした。


これが結論です。
応援してくださった方々、お知らせするのが遅くなって申し訳ない。
といって、ここで書いても、誰に分かるものでもないかもしれないけれど。

才能的な意味でも、体調的な意味でも。
集中力を維持する。
アンテナを常に全力で創作に傾けることにおいても。

とても意欲的な担当さんがついて、これから!というときだったのですが。
そういうときだったからこそ、「あ、無理だな」というのがわかりました。

どうしてもあきらめきれずに長年引きずってきたけど、33歳のころにすっぱりさっぱり諦め着いたのです。
いっそすがすがしい。
諦めるためにあがいていたと思えるくらい。

あのとき、原稿手伝わせてしまった数人のオタク様方。

ほんとーーに、あいまいのままに放置しまって申し訳ない。
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by nanamako | 2013-11-15 14:42 | 日々を重ねる