ひもじいのかもしれない。

早く起きたら早く眠くなるものです。
そう、もう眠くなってます。
三時におやつを食べ過ぎてしまい、今とても腹が一杯。
とある本で(漫画なんだけど)、妊娠している人の悩み「食べ過ぎてプロポーションを維持できないのはどうしたらいいのか」というのが載ってました。
ウンチクの深いお姉さんが言いました。

「どうしてもガッツリいきたいときは3時までに食べると10時にはなくなってるわ。だから三時におやつがあるの。食べないものを我慢するとストレスになるでしょ、ちゃんとできてるのよ」と。

目から鱗。

確かにインシュリンダイエットでも似たようなこと聞いた事あるなぁ・・・と思い出した。
「いいのよ」と言われると素直に「あ、いいんだ」と納得してしまう。

で。

またスコーンを作ってしまった。
そして五つも食べてしまった。
至福だった。

・・・・・・あとから後悔した。


いくらガッツリって言ったって、わたしゃ妊婦でも何でもないのであった。
今日の夜ご飯は控えめにしようと心に決める。
なんだろう。この異常なまでの粉菓子に対する執着のようなものは。
もしや炭水化物に対してひもじいのかもしれない。






昔、我が家には一時超貧乏な時期があった。
まあ、自営業で造園をしていたのだから、そういう時期だってあるだろう。
どれくらいかというと、小学生二年生の子供に対して母親が朝の発表をしたくらいだった。
母はとても声を低くし、重大発表をした。

「お金がないのよ。」

小学生の洟垂れが、親に真剣にそう告白されたところを想像してもらいたい。
はっきり言って、返す言葉がないとはこのことだ。
一体なにがいえただろう。いや、何も言えん。

我々兄弟三人はそのまま押し黙って放心した。いや、マジで。
「そ、そんな!!」と慌てふためるには理解がなさ過ぎ、「ふぅん」と受け流すにはもう少し大人にならなければ無理だ。
お金の価値観だってまだはっきりとは認識していない子供が、お金がないと言われれば、半端じゃない。
てっきり私は、「そうか。うちには10万円すらきっとないに違いない。」と思い込んだ。
今考えたらそんなわきゃないんだけどね。

私たち兄弟三人は、健気にも事の重大さを考え、親に駄々をこねてものをねだることをしなくなった。
ねだってもどうにもならないことを、その年で痛感してしまったからかもしれない。
ない袖は振れない。
小学二年生にしてその言葉を性格に理解していたのは、今から考えるとすごいことなのではないだろうか。
でも、食べ盛りの子供三人が寄り集まると、その反動は出るわなあ。

親は子供におやつを与えるのも苦労していた。
なぜなら反動のせいか、我々子供組みは飢えたオオカミのようにいつも食うものを探していたのである。なんかうまそうなものがあったら、奪い合い、腹を壊すまで食って食いまくって、体に貯蓄しようとするかのようだった。
オレンジジュースをたまに買って来たら、1リットルなら確実に一時間でなくなる。
みかんを人箱もらったら、三日でなくなる始末。
普通にご飯食べてただろうに・・・・。
本能に訴えてくる危機感があったのだろう。

親は、このとき心に誓ったのかどうかは知らないが、補うためには質より量にしようと思ったらしい。

そして、買い与えられたおやつは、一袋に大量のビスケットが入ったなんともうれしい「ABCビスケット」。
この、粉っぽくて安いビスケットは私の脳内に刷り込まれた。


なんか食べたくなったら、これを思い出す。
おなかがすいているわけでもないのに、何かひもじくて?口が卑しくなったときは、どうしても粉菓子が食べたくなる。
こういうとき母親は決まって言う。
「お母さんがあのときあんたたちに粉を植え込んだから・・・」

そういう母親も粉には目がない。
そして、同じように刷り込みをされてしまった我が姉も、粉菓子に目がないのは言うまでもない。


たまにスーパーでABCビスケットを見ると、胸がきゅんとする。


食べ物に歴史あり。
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by nanamako | 2005-12-02 18:55 | 日々を重ねる